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【盗まれたミコ】 − 銭形平助捕物控 − 

● 連載第二回

平助と六の懸命な探索にもかかわらず、盗まれたミコの漢字は容易に見つからなかった。
事件発生からすでに四日が過ぎたある日、六が重要な情報を聞き込んできた。

「親ぶ〜ん、耳寄りなネタを仕入れてきやしたぜ〜」
余程嬉しかったのか、長屋の端から大声を上げながら駆け込んで来た。

「親分、ゼイゼイハーハー」
「おう六、息ぃ切らして。まあこの南蛮渡来の冷やし珈琲でも飲んで落ち着きな」
「こいつぁ有り難えや・・ゴクゴクゴク・・・プハーッ! 苦え」
「おっと済まねえ。濃乳と濃縮甘味汁を入れるのを忘れたぜ。(註2)
だけどよ。通はこうして漆黒で飲むって聞くぜ」(註3)
「親分、お願えですから、ややこしい漢字で喋るのはよしにしてくんねえな」
「うむ。こいつが作者の悪い癖でな。で、耳寄りな情報てなあなんでい?」
「じつは・・・」
六が語ったのはこうであった。

加賀の国から帰って来た旅人から聞いたところによると、加賀には昔、ミコさんと彼女の名前の当てっこをして、電脚文(ふみ)をやり取りしていた同心がいるという。(註4)
その話が面白かったんで、旅人は豊田の友人に話して聞かそうと覚えてきたのだそうだ。
その旅人の話では、同心が推理した名前を、ミコさんはことごとく違うと言ったのだそうだ。
その名前とは、未知子・巳知子・味知子・耳知子。

「先日事件が起こった際に、なんでミコさんがそれを言わなかったんでい?」
「そりゃあ親分、忘れてたんじゃねえですかい? それとも作者が忘れてたとか」
「まあこの際どっちでもいいことにしとこうぜ。
それより六。俺の調べじゃあ、下手人はどうやら豊田明神の一味らしい」
「さすがは親分だ。なんの手がかりもねえところから、無理矢理話を展開するところなんざあ・・」
「つまらねえ誉め方をするんじゃねえやな。
ま、そういうことだから、これから豊田明神を探索してみようじゃねえか」
「合点で」

豊田明神は豊田の街外れにある。
行ってみると、杉林の間から真新しい社殿が見え隠れしている。

「親分、豊田明神もお社の周りには杉の木が植わってるんですねえ」
「そりゃそうだろう。なんだと思ったんでい?」
「へい、あっしゃまた、タヌキ林かと思ってた」
「くだらねえこと考えてやがんな」

などと言いながら社の杜を進んでいくと、社殿の前に出た。
社殿の前は大きな空き地になっていて『駐駕籠場』と書いた立て札が立っている。
駐駕籠場には7−8丁の駕籠があって、その傍で駕籠舁きがひまそうにタバコを喫っている。
馬も二頭ばかりつながれていた。

「こうして馬や駕籠で来る連中はどこかのお大尽か侍だな」
「さいで。あっしらみてえな町人はこうやって徒歩(かち)でさあ」

六が言う通り、普通の身なりをした参拝者も大勢ぞろぞろ行き来していた。

「てえした繁盛ぶりだな。だけどニヤついた男が多いなあどういうわけだ?」
「へい。なにしろ巫女のぽろり様ってえのが震い付きたくなるようないい女だってえ噂で。しかもこれがボンのボンてえ良好体型って言いますぜ」(註5)

六は最初の『ボン』で胸のところで、後の『ボン』で尻のところで、手で大きな丸を描いて見せた。

「そおうけえ・・そいつぁ・・・」
「おっと親分。顔がじゅる・・(^¬^) になってやすぜ」

こんなことで満足な探索ができるのであろうか?
読者の期待・・もとい・・心配をよそに、二人は社務所へと向かったのであった。

(【盗まれたミコ】・・・つづく)

註2:濃乳と濃縮甘味汁 ・・・ ミルクとシロップであろう。  本文へ戻る
註3:漆黒 ・・・ ブラックのことか?  本文へ戻る
註4:電脚文 ・・・電光のように速く届く飛脚の意。今で言う E-Mail のようなもの。  本文へ戻る
註5:良好体型 ・・・ ナイスバディ  本文へ戻る

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