【盗まれたミコ】
− 銭形平助捕物控 −
作中の固有名詞は、実在のものとは一切関わりがありません。
特に豊田は昔は無かった、とか、なんで江戸弁なの、などという突っ込みはしないように。(^^;;
ついでに言うと、題名も【盗まれたミチ】が正しいんじゃないか、なんてこともね。
● 連載第一回
「親分、てっ・ていへんでぇーっ!」
「どうしたんでい、六。朝っぱらから騒々しい」
ここは豊田のある長屋。銭形平助の住いである。
平助は有名な銭形平次の甥で、伯父のコネでもってお上から十手を預かる身であった。
「オジキの名にかけて・・」と言うのが口癖であるが、どうも今ひとつぱっとしない。
六は平助の下っ引きであるが、これまたうるさいだけで、御用の役に立った噂はとんと聞かない。
「どうしたもこうしたもねえんで。ミコさんが盗まれちまったんでさ」
「ミコさんて、豊田明神の巫女さんかい?」
豊田明神は豊川稲荷の向こうを張って、最近できた新興神社である。
なんでも稲荷に対抗するためにと、タヌキを御神体にして、おタヌキ様と呼んでいるらしい。
「そ・そうじゃねえんで。横丁のミコさんでさ」
「ああ、豊田小町と言われてるあのミコさんかい。で、ミコさんが盗まれたのかい?」
「そんな親分・・あんな重てえものを誰が盗ったりするもんですか」
「そんなこともねえだろう。おタヌキ様にあやかって、自分専用の御神体が欲しい奴だっているわさ。ミコダヌキ様かなんか言って、ポンポコ叩いてさ」
「親分。そいうこと言っていいんですかい?
ミコさんはああ見えても腕っぷしは相当なもんだって噂ですぜ。なんでもあのアジャコングのアバラをへし折ったことがあるとか」
「おお・・そいつぁいけねえや。くわばらくわばら。六、今のは内緒だぜ。おめえだってさっき『重てえ』とかなんとか言ったじゃねえか」
「おうっと、いけねえ」
六は手で口を押えると、左右を見まわした。
「だれも見てやしねえよ。で、いってい、何が盗まれたんでい?」
「へい、それが・・盗まれたのはミコさんの名前なんで」
「名前を盗まれたぁ??
そんなベラボウな話は聞いたことねえな。現にいま、てめえもミコさんて呼んでるじゃねえか」
「違えねえ・・。そ・そうじゃねえんで。盗まれたのは名前の漢字なんでさ」
名前の漢字を盗まれるという前代未聞の怪事件に、平助は腰を上げた。
「ミコさん、えれえ災難だったな。詳しいことを聞かしてくんねえ」
「はい。私が今朝起きまして、電脳机の釦を押したところ、電脳机がウンともスンとも言いません。おかしいなと思ってよくよく見ましたところ、使用者名が漢字からカタカナに変わってしまっていたのです」
「その『電脳机』たあ、なんです?」
「失礼しました。これが『電脳机』です」
そう言って見せてくれたものは、文箱を大きくしたような箱と黒く光るギヤマンの窓、それに『いろは・・』が書かれた四角い釦がいっぱい並んだ板であった。(註1)
「そういう難しいものはあっしにゃあ判りぁあせん」
「まあ。こん平さんみたいなことおっしゃるのね。面白い親分だこと。
とにかく使用者名が見つからないと、この箱はただの箱なんです。せっかく親が付けてくれた名前を粗末に扱ってたのでバチが当たったのかもしれません」
それだけ言うと、ミコはその場に泣き崩れてしまった。
ミコは、本当はミチコと言う名前だったのだが、ミチコという名前は江戸の世にはあまりに新し過ぎて、好きではなかったのである。しかも「ミ」の字が名前には余り使われない字で、日頃から、せめて「ミ」の字を「美」にしておいてくれたら・・と思っていた。
「ミコさん、まあ顔をお上げな。確かにバチが当たったのかも知れねえが、今からでも遅くはねえ。心を入れ替えれば神様もきっと見ていなさるさ。
さあ、そう泣いてばかりじゃ話が判らねえ。名前に使われてた漢字ってなあ、どんなもんだったか、覚えていることだけでも話してみちゃあくれねえか」
「はい・・・」
(涙に濡れた顔を上げると化粧が崩れてますます御神体に似て・・・)
(い・いや。(^^;)これはギャグです)
涙を拭き拭きミコは美しい顔を上げた。
ミコが泣く泣く語ったところによれば、盗まれた漢字は「ミチ子」の「ミ」と「チ」に当たる二文字だという。
ミコの語った情報をまとめると、次のようなことであった。
1.「ミ」も「チ」も、初等寺子屋で習う簡単な漢字
2.「ミ」の漢字は名前に使われているのを見たことがない
3.ご両親はこういう子になって欲しいと思って名前を付けた
「ううむ。雲を掴むみてえな事件だな・・・
だがこの謎はきっと俺が解いてみせる。オジキの名にかけて」
こうして平助の探索が始まった。
(【盗まれたミコ】・・・つづく)
註1:
文箱を大きくしたような箱
・・・ 今で言うパソコン本体のようなものか?
黒く光るギヤマンの窓 ・・・
これはパソコンのディスプレイ装置のようなものか?
『いろは・・』が(中略)並んだ板
・・・
キーボードに相当するものであろう。 本文へ戻る